2020年12月30日水曜日

年越しを区切りに「さらば、コロナ」を宣言する!!





年の瀬ですねぇ。皆さま、元気にお過ごしでしょうか?


さてさて、2020年の最後のブログ記事。これをもって、今年の更新数は36本になります。「年に36本!」と決めて&宣言して以降は、5年連続できっちり36本です。

一年の〆なので、去年と同様に今年の総括的な内容にしようかと思いましたが・・・特にまとめることがない。なんせ、宿をマトモに開いていたのは2月中旬までの一ヶ月半のみ、それからしばらく東南アジアに旅に出て、日本に帰って来たらコロナ禍の真っ最中で、宿はそのままずっと休業状態ですからね・・・(涙)

4月以降も仙台に行ったり、関西方面に二度行ったりしましたが。それに、例年以上に多くの友人と会い、多頻度で飲んでいましたが。「いつどこで、誰々と飲んだぜ〜」をここに記すと、気の合う友人たちを「こんな時期に不謹慎だ!」厨な輩からの攻撃ターゲットとして巻き込むことになるので、それを書く気はありません。僕一人が責められる分には、全くかまいませんけどね(笑)。


というわけで今回は、「俺は来年をこうするぜ!」というテーマにします。年始の一発目は例年通りに、経営状況的な一年のデータ総括をするつもりなので、今回:2021年の話、次回:2020年の話、という逆転な感じになってしまいますが(笑)。



まず、いきなりですがこのブログは、前述の通りに年に36本の更新と決めておりましたが、その個人的・自己満足ノルマを、来年からは24本に減らそうと思います。ブログを書く作業自体は、楽しいのですけどね。やはり宿を休業していると、話題のネタが“自分の趣味”や“普段の生活”方面に偏り、もはや宿業は関係なしの「オレの内面やプライベートをさらけ出す記事」ばかりでして。

ブッチャケ言いまして、閲覧数もだいぶ落ちました。以前は日に100を下回ることはほとんどなかったのですが、今は逆に、100を越えることがたまにある、という程度です。コロナの話に限らずですが、このブログは「マイノリティに刺さればいいや〜」のスタンスで僕の好き放題にクソミソに書いておりますから、そもそも大衆ウケするはずはなく、減るのは当然の流れだと捉えておりますが。だいぶ前には日に200越えが普通でしたし、むしろ、これまでが異常だったと思っております(笑)。

ブログを書く者々って、始めても1〜2年後には急激に更新頻度が減り、3年も経てば自然にフェードアウトで消滅、みたいなケースがほとんどでしょう? しかしこのブログは、スタートしてから6年半。その内の5年は36本更新を続け、さらに来年も24本は書くと決めたのですから「オレっち、けっこうがんばってるよねん」と、自分で自分を褒めたいと思います♡


また、「中国で原因不明の肺炎患者」というニュース報道が日本で最初にあったのが去年の大晦日だそうなので、今日でちょうど、満一年。僕は頑なにずっと「各々の判断で、好きにしましょうや」のスタンスを貫いておりましたが。一年もの長き間、この問題に振り回され続け、ウンザリが積み重なってもはや、そっちのストレスで死にそうです。コロナ自体は、たいしたストレス対象ではないです。自分と異なる対応をする他者層を、攻撃してくる人間たちの存在の方が、遥かにストレスです・・・

ズバリ、来年からの僕は、日々の生活を“コロナ禍が起きる前”の姿に完全に戻します。記事更新:年36本をやり続けた通りに、僕は基本的には「宣言したことはきっちりやる」、変に生真面目な性格ですので、今後も毎日の<手洗い:20回以上><うがい:5回以上><検温:2回以上(37度を超えていれば、外出しない)>は貫徹でやり続けます。これは風邪の予防等を含める、要は「健康な日々を送るため」ですし、これ以外のウィルス対策系の行動は今後一切、何もやりません。気にもしません。都の感染者数が千人を越えようが万人を越えようが、マジでどうでもいいです。


ネット上を中心に、巷では相変わらず「気が緩んでいるバカ連中のせいで〜」「自分が罹らないとわからんのか? 身内が死なないとわからんのか?」的な安易な叩きをしている輩が多いですが。少なくとも、僕や僕と飲む友人たちの中には、“気が緩んでいる”者なんて一人もいませんよ。それでも飲みに行くのは、コロナを甘く見ているとか、対策を怠けているとかいう理由からではなく、「経済を活性化すべし」という強い意志の元からです。大衆の意識が感染予防に偏った今年は、例年よりも病死の全体数が減少しています。しかしその一方で、自殺者の数が増えまくっています。僕はその事実に対して「自粛厨の連中のせいだ」とは言いませんが、あえてレベルを寄せてディスり合うとすれば、そういうことになります。先日、誰かが「人をより多く殺すのは、ウィルスよりもカネ」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。

攻撃の際に、「医療従事者たちの苦労、心労を考えろ!」みたいな正義?論を振りかざす者も多いですが。僕の知り合いの医療従事者は、「持病アリの方を除き、60歳までは普通に生活し、それで体調が悪い時があれば治るまで家に引きこもってほしい。検査にも来なくていい」と言っていましたよ。現場が逼迫するのは「マスコミが不安を煽り、人々がトゥーマッチに押し寄せているせい」と言い切っていましたよ。もちろんこれは彼の個人的な意見として紹介しますが、“自粛しないバカのせいだ”と決めつけて医療従事者の声を勝手に代弁した気になる連中には、ぜひ知ってほしいですね。

また、「コロナは風邪」論を愚か者扱いする連中にも違和感が。この論は「風邪と同程度だから、たいしたことない」という意味ではなく、「風邪で死ぬ者だって年に何万といるのに、なぜにコロナだけ特別扱いするの?」ということでしょう。僕は完全に“風邪論”寄りですが、「そう捉える方が社会が健全になる」という意思が元です。「後遺症が〜」とか言う者は、「風邪やインフルでだって後遺症が残ることはある」という当然の事実に、なぜに辿り着かないのでしょう? マスコミが大げさに報じるか、報じないかの差でしかないですよ。

以前から僕は、ネタ的に「モチの方が怖い」とも書いておりましたが。「ICUが埋まるコロナの方が危険だろ!」とかいう反論には、マジで理解が出来ません。モチを喉に詰まらせて死ぬ者は1月だけで1300人、そのほとんどは呼吸困難による即死!なわけで、1300人(日に42人)の即死と、日に14人(昨日)のコロナ感染ICU行きとを比べて、後者の方が危険と捉えますか? もちろん、ICUに入るのは生還の可能性があるからなわけで、実際にその多くは回復し退院していますよ。


マジで、感情ではなく、数字データを起点とするファクト・ベースで語ってくれ!! コロナが他と比べて遥かにヤバいと訴えるのなら、それを明確に示すデータ的な根拠をくれ!! これは別に、「コロナなんぞ危険じゃねぇわい」という話ではないですし、僕はそう思ってもおりません。僕らが生きている以上、周りには危険なものがいくらでもある。その針山の中を僕らはずっと歩いて来て、これまでにあった針々には慣れ、いつの間にか気にせず進めるようになった。しかし今は、目の前に何やら目立つ色のした歪な形の“未知でヤバそうな針”が現れて、大衆が恐れおののいている。マスコミが煽りまくるせいで、それに拍車がかかっている。

その1本が危ないかどうかではなく「いや、あなたの周りには針がそもそも大量にあるんだって!見てみろって!」という話で、ざっくり言えば「特別扱いするな!」であり「これだけを過度に恐れるな!」ということです。元より他の針々を警戒していた者(普段から風邪等の感染対策をきっちりしていた者)ほど、僕と似たように「なんでコロナだけこんなに?」の想いが強いように感じます。コロナで一番怖いのは、死がどう、ICUがどうではなく、“過度に恐れる人々が暴走している”現象、いわゆる同調圧力の方ですよ。なので、僕は僕の主張を貫き、ここに明確に記します。元々嫌われ者ですから、これで人が離れたとしても何とも思いませんしね(笑)。



以上、一年の終わりだというのに、相変わらずの言いたい放題でした!!


「来年からの僕は、日々の生活を完全に“コロナ禍が起きる前”に戻す!」というのは、「もうコロナがどうこうを語るのもやめる!」という意も含みますので、最後ッ屁な感じです(笑)。年の変わり目を区切りとした、一足お先の“卒業宣言”ですので、今後の僕はコロナ関連のニュースや記事は基本的にはスルーしますし、しつこく語り続けたがる面倒な人とは距離を置きます。

これはあくまで個人的な区切りですが、同じように「そろそろ、コロナ問題からは卒業しようか~」を選ぶ方が一人でも多く増えていただければ、僕は嬉しく思います。



それでは皆さん、今年一年、当ブログならびにYAWP! backpackersへのご愛顧を、どうもありがとうございました!!

宿はいつ再開できるかわかりませんが、来年もまた、よろしくお願いいたします!!


よいお年を〜~!!!





2020年12月21日月曜日

老い、来たろう!!




強烈に寒くなりましたねぇ〜。連日の大雪に見舞われている、谷川岳ラズベリーユースホステルのマサさんのことが、すごく心配です・・・


僕は、先週末に映画「ワンダーウーマン1984」を劇場で観まして(つまらんかった)、これで今年の映画鑑賞本数が200本に達しました。もちろん、DVDやネットフリックスを含んだ上での数字ですよ。劇場に限れば、18本のみです。3〜6月の三ヶ月間にボコッと「映画館に行けないや〜ん」期間があったせいで、例年よりも少なめですね。1月1日公開の「新 感染半島」までは特に観たい作品がないので、今年中の映画館通いはもう、なさそうです。



さてさて。


そういえば先日、久しぶりに富士急ハイランドに行って来ました。え? もちろん独り旅ですよ(笑)。前回の三年前には、約束していた外国人の友人たちが前夜に飲み過ぎ朝に起きれずバスに乗り遅れ、僕は独りで行くハメになりましたが、あれが結果的にすごく楽しかったんですよ。以来、「また独りで行きたいな〜」と、ずっと思っていたのです。

いやぁ、、メチャメチャ空いていましたよ。並んだのは「FUJIYAMA」と「高飛車」と「ド・ドドンパ」だけで、それでも待ったのは20〜30分程度。「ええじゃないか」に至っては並び人がゼロで、“そこそこ集まるまで待ってから出発”の状態でしたよ。僕は基本的には、この4大ジェットコースターしか興味はありませんので、それぞれ4度ずつ。さらに休憩がてらで観覧車等のユルいものにもいくつか乗ったので、全部で19度のヒャッホ〜イ!でした。

まだ、GoToが適用されていた頃でしたから、アトラクション乗り放題券と、新宿からの往復のバスを全部込みで、たったの5000円でしたよ。安っ!! こんなにも安いのに、この閑散っぷりかぁ、、と、ちょっとだけ寂しくもなりました。地代がどうこうで山梨県から訴えられたらしいし、廃業とかにならなければいいな・・・



んでもって、いきなり話は変わり。先日、誕生日がありまして、僕は無事に42歳を迎えることができました。今年42・・ということは後厄の年でして、あと十日ほどで僕は厄年から抜け出せるんですぜぃウェ~イ(笑)!!

僕はスピリチュアル方面のジャンルには知識も興味もないので、特に何もせずに、なんとなくこの三年間を通り抜けましたが。以前、とある人から「厄年ってのは要するに、人間の身体的な変化が起こる時期で、簡単に言うと身体が急激に衰える頃合い。それを自覚せずに抗うから、トラブルが起きる。事故とか起きる」という話を聞いたことがありまして。

それが事実なのか、ただの彼の自説なのかどうかは知りませんが。2020年の僕は、ちょっとビックリするくらいに、「ヤバい、俺、歳とった・・・」の沼に溺れました。


まずハッキリと自覚するのは、明らかに老眼の気が出て来ました。近視とは10代の頃からの付き合いなので、僕の眼鏡歴は30年になるのですが。遠視に関しては長らく、「近くのモノが見えないって、どういうことじゃい!?」と、理解不能な扱いをしていたのですよ。それが、「あぁ、こういうことか・・」と、しみじみ納得。遠くが見えないだけでなく、近くまで見えないという、、二重苦状態に完全に落ち入りました。マジで、眼鏡を外さないと小説とか読めない・・・


また、今のところ髪の毛では発見しておりませんが、ヒゲやシモの毛(すみませんね)に、白いのがあることが明らかに増えました。玉置浩二あたりを超カッケェと思っているので、毛が白くなる現象自体はウェルカムなんですけどね。単純に「あぁ、白いのがまた。俺もそんな歳か・・」と、これまたしみじみしています。

あとは、太腿に痣があったりスネに切り傷があったりを、いきなり見つける(いつぶつけたのかは分からない)ことも多いです。剣道家だったので、そもそも痛みには鈍感なのですが、それにしても気付かなすぎ。これは、歳は関係ないのかな?


そんなわけで。今までの僕は「歳は重ねたものの、身や心は若いままだッ!」という“まだまだ若いぜ〜”モードだったのですが、今年にそれが「歳相応に、身体が明らかに衰えたな・・・」という“もうジジイだぜ〜”モードに切り替わった感じです。うーん。みんなそういうタイミングがあるのかな?

そして・・・それに連動したのか。これまでの僕は、熱意があって行動しまくる面白い若者たちに対しては「俺も負けちゃいらんないぜぇ〜!」的な競争マインドがあり、発奮材料としていたのですが。なんというか最近は「いいねぇ、応援するよ! 資金的な援助は出来ないが、俺の知識や経験で役立つことがあれば、なんでもサポートするよ」な感じに変わりました。

考えてみたら、例えばプロ野球選手の多くは20代後半〜30代で引退し、40代には指導者の道に入っている。相撲やサッカーでもそうですね。親方や監督が僕より年下なことが、もはや普通の状況です。

それに、これまた考えてみたら。僕が大学を卒業し就職はせずに「漫画家になるぞ!」の旗印の元に街で似顔絵活動などをしていた頃、僕のことを「キミ、面白いね〜」と興味を持ち、僕の絵を評価し、いろいろなイベントやテレビ出演等の仕事に繋げてくれた方々は、おそらく皆さん、今の僕と似たような年頃でした。僕は漫画家としてデビューには至らず、イラストや似顔絵の方面も中途半端にフェードアウトし、いつの間にか人生の軸が“旅”へと移り変わってしまったわけで、彼らにはなんだか申しわけないのですが。


僕は結婚をせずに、子どももいない、ただの独り身のゲストハウス・オジさんです。しかし僕なりに「自分が活躍したい!」のステージから「次世代の活躍を支えたい!」のステージへ。育つ、から、育てる、へと比重の意識がステップアップしたっぽいのです。そして、僕以外の世の40代にも、そういう目覚めがある者は多いのかもなァ、と思ったわけです。


というわけで来年からの僕は、熱と行動力のある若者を見つけたら、その才能を見逃さないよう積極的に声をかけ、彼ら彼女らが面白いことをする手助けをしてみたいな、と考えております。実はそれに向けて、すでに、いろいろと動いております。とはいえ、表に出まくり「キュレーター」やら「プロデューサー」やらを名乗って、ドヤるつもりは全くありません(そういう人、けっこういますよね笑)。若者たちの活躍の陰に隠れる、ただのオセッカイな、正体不明の変なオジさんでいいです。20年前のあの頃に、僕を応援し支えてくれた彼らも、そんな感じでしたし(笑)。


僕には「“楽しい”とは、与えられるものではなく、自分で生み出すもの」という、絶対的な人生哲学があります。来年2021年も、宿業のみで日々を謳歌することは、なかなか難しくなりそうです。なので今後の僕は、宿業をはみ出す活動をどんどんと仕掛け、面白い日常を自らクリエイトし、例のあのクソくらえなウィルスなんて木っ端みじんに吹っ飛ばしてやりますよぉぉ〜〜〜!!!





2020年12月12日土曜日

「俺のこだわりを聞いてくれ!」Vol.4





今回は、【俺のこだわりを聞いてくれ!】の第四弾。上着類の紹介です! このシリーズは、2月に香水、5月に靴、10月にパンツ(ズボン)をやりました。自己満足の度合いが極めて高いと自覚している企画なのですが、不思議と閲覧数は多いです。

前回、10月の記事では、僕は「パンツを50着は所有している」と書きましたが。上着の定義を“シャツより上に着るアイテム群”とすれば、こちらは軽く100着は越えているかと・・・。面倒なので数えてはいませんが。その内、今現在にレギュラーで着ているのは30着くらいかなぁ。50着以上は、部屋のクローゼットの中で眠り続けること、何年になりますかね・・・


今回は、前回のような“値段が安かった順”ではなく、話の流れに沿う形での、軸のない紹介順にします!

それでは、サクサクと行きますよ〜!!



① ウールニットのジップアップ・ポンチョ。世界一周旅の途中、南米はチチカカ湖畔にある、コパカバーナ(ボリビア)という小さな町の民芸品屋で購入。1000円もしないです。旅先で買った服は他にもたくさんありますが、これは10年以上経った今でも家でしょっちゅう着ています。思い出込みで、今後も一生、持ち続けることでしょう。




② 旅先で買って今もレギュラーなのは、こちらも。南米大陸の最南端、プンタ・アレーナス(チリ)という街で見つけた、ダウンジャケット。パタゴニアはアメリカのメーカーですが、「せっかくパタゴニア地方に来たし〜」ということで、シャレで購入(笑)。長らく着まくり、クッタクタになってます。当時はジャストサイズでしたが、太ったせいか、写真ではちっちゃく見えますね。以前、彼女に貸しっぱなしで、別れてから「あれは返して」と連絡したことがあります(笑)。




③ ダウンジャケットは、これも。アメリカ軍が採用したもので、超ハイテクの超防寒です。1年前に中古のものを購入、3万円ほど。モコモコ&ぼってりのシルエットがカッコ良いとは思えないので、僕的にはダウンジャケットの類はオシャレ・アイテムではないです。よそ行き用ではなく普段着で、自分の部屋や近所で着ています。暖房いらず!




④ ダウンはまだあった。4年ほど前に急に、オシャレ・ダウン・ブランドにチャレンジしたくなり、HERNOのものを購入。値段は忘れましたが、10万は越えていましたかね。モンクレールは嫌いなので、ハナから検討もせず。とある女性との逢瀬の際に着ましたが、見事に玉砕し(コクッてもいないのに・・)、それで八つ当たり的に2軍落ち(笑)。意図はありませんが、ここ数年は犬の散歩で着ていることが多い気が。




⑤ レザーのアイテムも、1点くらいは。10年ほど前〜5年ほど前まで、僕はジョルジオ・ブラットというブランドにハマっておりまして。革の質感が、ケタ違いに素晴らしい。このブランドの上着を10着以上は所有していましたが、太ったせいもあり、今でも着ているのはこのベストくらいですね。値段は忘れましたが、もちろん高いです。




⑥ 革のライダース類はクローゼットに眠っておりますが、これは現役。長い間、着ていませんでしたけどね。先月、パンク・ファッションな女性と会う日の朝に急に思い出し、探し出して着たら「おぉっ、カッケェじゃん!」となり1軍に復帰。ウール素材の様々な生地が混在する、スペシャルな古着です。10年以上前に買ったので、こちらも値は忘れました。たぶん4万円くらい。




⑦ 今年買った古着です。2万円くらい。オイルドジャケットを欲しくなったのですが、バブアーは嫌いなので、ハナから検討もせず。こちらは元々はロング丈だったのですが、「短くするとカッケェぞ~こりゃ」と企んだ上で購入し。実際にチョン切ってみたら、「超クールになったぜ!」と自負しています。




⑧ これも今年購入した、フランス産のビンテージ・ワークジャケット。同じく2万円くらい。胸にある円形プレートが、用途不明でいい感じ。襟はいらないと判断し、引っ剥がしちゃいました。元々のダメージ&リペアっぷりもカッコ良く、とても気に入っています。




⑨ 旧ソ連軍の、タンカース・ジャケット。つい最近、とあるビンテージ古着コレクターさんから5万円ほどで譲っていただきました。まだ街では着ておらず、ウズウズしています(笑)。来週から寒くなるようですし、〈おかえりびと〉の忘年会に着ていこうかな!!




⑩ 最後は相変わらず、ポール・ハーデンを。マックコートというアイテムで、新品だと30万近くします。僕はこのブランドのコートやジャケット類を、今は計5着の所有です。金欠の今年に、何点かを売った上でなので、実はこれでもピーク時よりは減っています。




⑪ 10点で紹介を終えるつもりが、、写真を撮り続ける途中で「んぁ!? 俺って上着は黒系かベージュ(キャメル)系ばっかりなんだな〜」と気付きまして。ポールのマックコートも、ベージュを持ってるし・・・(笑)。というわけで、ダメ押しでそれも。


ぜ~んぶ、ポール・ハーデン♡



以上!


ちなみに僕の、購入服(よそ行き用)の選びの基準は、「気合いが入っているかどうか」です(笑)。生地の素材や裁縫のクオリティ、考え抜かれたシルエット、、といった要素が重要で、要は、“手間ヒマかけてる、丹精が込められてる”の度合いを見ます。すると必然的に、コレクションはビンテージの古着か、ポール・ハーデンのようなアルチザン系ブランドばかりに偏ってしまうわけで、、強烈に値が張るのだぁ〜っ!! まぁ、僕は“服・変態”なので、仕方がないです。他に金のかかる趣味はないですしね。

あとは、消去法的な“オレは手を出さない!”のルールもあります。形だと、ロング丈。タートルネック系。パーカーのようなフード系。「オレには似合わない!」という理由からなので、「それを着ている人はダサい」とか、そんな目線は全くないですよ。

素材で嫌いなのは、コーデュロイやベロアといった、独特な質感のあいつらです。これらは触るとゾワッと鳥肌が立つレベルなので、生理的にダメなのでしょう。色には消去先がないつもりでしたが、所有が黒やベージュばかりなのを見ると、自然に偏っていたんだなぁ。大学時代には、赤とか普通に着ていたのですが・・・


また、僕は“他者が見たらすぐにわかる”ブランドものも、確実に着ません。ナイキのスウッシュやアディダスの三本線が、僕の着る服に載っているのを見たことがある人は、一人もいないでしょう。前述のモンクレールやバブアー、あとはバーバリーのコートなども、見るからにバレバレなので絶対に買わないですね。リーバイスのデニムなんかも穿きません。ユニクロ?・・・言わずもがなで100%着ません(下着類はアリですが)!! マルジェラは好きですが、タグの四つ糸はアピールしているようで恥ずいので、切っちゃいます。


別に意味はないのですが、なんというか僕は世間を相手に、“得体の知れない服を着ている、変な男”で居続けたいのです。以前にも書いたことがありますが、僕は他者からオシャレと評価された時点で、そのコーディネートがなんだか、つまらなくなる。誰からもオシャレだと気付かれないアイテム&着こなしだが、僕だけが内心ニヤニヤしている、そんなのが好きなのです。似たような変態系の者と出会い、「さてはyou、やりますね・・・」的にコソッと言われるのは、嬉しいのですが(笑)。



このシリーズの最終回は、所有数が70本を越える、眼鏡のコレクションです!

来年の2月頃に、UPしますよ~!!


我ながら、アッパレなコレクションだぞぇ!





2020年12月3日木曜日

惚れたぜ、ハマったぜ、スウェーデン! vol.3




今月から湯たんぽを採用したところ、三日連続で睡眠時間が12時間を越えましたっ! さすがに「やべぇ、なんか損した」な気持ちになるといえばなるのですが、どっこい、アラーム設定せずの生活は今後も継続します!! 起きていてもロクなことがないし(笑)、今後もコロナが終息するまではアホみたいに寝まくってやるぞ~!!!



さてさて、【スウェーデンって素晴らしいぜ!】三部作の、ラストです!! 今回は、前回の記事の“公園の話”の、直後からスタートします。



ストックホルムにて、早朝から刺激的な出来事があった公園を出た僕は、とりあえずは受けたアドバイスの通りに“ホステル”探しを。しかしインフォメーションセンターで聞くと、街には2〜3軒しかない(当時は)。そして教えられた全軒にまわりましたが、どこもフル。もちろん値が高過ぎるホテルは候補から外していますので、相変わらず泊まる場所が決まらずでして・・・

よって僕は「もう一泊、昨日と同じ公園で野宿して、明日の夜行バスでコペンハーゲン(デンマーク)に移ろう」と決断。バスのチケットを無事にゲットし終えた頃にはランチどきだったので、マクドナルドに入りまして。レストラン、超高いですからね。マックでも日本の3倍くらいしますが・・・

ビッグマックセットをモシャモシャと食べながら「この街には明日の夜までか。何しよっかなぁ~」と考え地図を開いていると、座る席を探している一人の青年の姿が目に入りまして。その彼には、何やら見覚えがある。数日前に、イベントでの僕の似顔絵描きブースに、お客さんとして来てくれた者でした。

もちろん彼も僕のことを覚えており、目が合うと「あっ」というリアクション。僕は「どうぞどうぞ」と同じテーブルに招き。僕は、似顔絵を描いている最中はお客さんとずっとしゃべるスタイルなので、その際にすでに15分ほどは会話していた関係でして。それもあってか、二人はナチュラルに話し始めまして。

「イベントは終わったのに、まだ帰っていなかったんだね」
「普通に観光とかもしたいな、と思って。他の参加者たちはみんな日本に帰っちゃったけど」
「どこに観光したの?」
「いや、まだしてない。明日の夜行バスをとったから、それまでブラブラする」
「どこに泊まってんの?」
「それがさぁ・・・ホテルは高すぎてムリで。昨日は公園で野宿だよ。ホステルもフルだったので、今日もおそらく・・・」
「ええええぇぇぇ! マジで!!?」

・・・から、おそらく読者の皆さんの多くが予想したであろう、

「じゃあ、ウチに泊まりなよ! ベッドは1台しかないけど、ソファに寝ていいよ!!」

を、いただきました!!! ありがたぁ~い! スウェーデン人、ほんと親切!!


彼は午後は用事があるとのことで、「家の最寄り駅(ホーカランゲン、という駅名。今でも覚えている)で18時に」と約束し、一旦お別れ。僕は独りで、王宮や旧市街あたりを、ベタな感じで観光。約束の18時にホーカランゲンに着くと、彼は同棲している彼女(タイからの移民さん)と共に、迎えに来てくれておりまして。

彼の名は、マックス。日本のアニメ(特にナルト)をこよなく愛し、遊戯王カードのコレクター。「Tokyo Style in Stockholm(件のイベント)のことはずっと楽しみにしていたので、その参加者の日本人アーティスト(僕)をウチに招けるなんて光栄だ!」・・・という、完全にスーパーウェルカムモード。なんと、ありがたい・・・

寝床はソファとはいえ、ちゃんと布団や枕を用意してくれましたし、「リラックスしてね」と部屋着まで・・・。そして、夕食はメチャメチャ気合いの入った大量のミートボール! スウェーデンといえばミートボール!! 僕はレストランを敬遠していたので、実はこれがストックホルムでは初でした。


三人で深夜まで語り明かし、二日ぶりにシャワーを浴び、気持ちよく就寝。翌朝、朝食をいただきながら僕は「今日は夜まで何も予定を決めていないんだけど、どこかオススメの場所はないかい?」とマックスに聞きまして。

すると彼から、一つの場所の名前を教えてもらいました。そこはストックホルムの港から、フェリーで30分ほどの小さな島。無人島だけれど、ビーチがキレイなのでこの時期(夏)には多くの人が行く、とのこと。

出発の際にも、サンドイッチやら飲み物やら、いろいろな物を手渡され・・・。マックスと彼女さんは、これまでに出会ったことのないレベルの、サイコーに親切なお二人でした。今、思い出してもちょっと泣ける。ほんと、優しい人たちだった・・・


その後の僕は、港のフェリー乗り場へと移動し、彼からオススメされた無人島へ向かいまして。順調に島に着き、少し歩いて広いビーチに出てみると・・・驚愕!!!

そこはなんと、、
な、な、なんと、、、

ヌーディスト・ビーチでした!!!!


皆さんご存知の通り、スウェーデン(北欧)の女性の多くは、メチャメチャ美人でスタイルもいい!! 造形としての美女度はロシアンの方が上でしょうが、ロシア女性はムスッとしている人が多いので、いつもニコニコで愛嬌のあるスウェディッシュの方がカワいい(僕の独断ですが)!! そんな絶世の美女達が・・・みんな素っ裸って・・・・

とはいえもちろん、そこにいるのは老若男女。全部で300人くらいはいたかなぁ。カップルの割合も高く、というかそんなのは関係なしで、なんにしても“ジロジロ見る”わけにはいきません。ましてや僕は、バックパックを背負った変なアジア人。異分子すぎて目立つこと、この上ない!! 自分も潔く脱いでしまえばよかったのかもしれませんが、当時の僕にそんな勇気はなく(今ならば確実にやりますが)、立ち止まることもできず、「たまたま通りかかっただけですぅ〜すんまへ〜ん」的なポーズを貫いてしまいました!!


小さな島なので、一周をグルっとまわるのに費やしたのは、30分ほど。波止場に戻り、次のフェリーの到着&出発時刻を確認すると、一時間半後・・。というわけで僕は一時間半ずぅっと、ぼんやりとそこで、帰りのフェリーを待ちましたよ!! しかし、大勢のヌード美女を一斉に見た脳内残像のおかげで、気持ちは清々しく、「この世に生まれてよかった・・」レベルのハッピーでした(なんじゃそりゃ)。素晴らしい提案を、ありがとう~、マックス!! あんた、サイコーの男やで!!!



今回の三部作は、〈おかえりびと〉にて、僕が過去にスウェーデンのイベントに参加したという話を披露した流れから派生しているため、すべてが2004年の当時のネタになりました。僕は2008〜09年に世界を一周していますが、その際にはもちろん“思い出の地”スウェーデンに再訪しましたので、マックス&彼女さんとも再会しております。その四年の間に、二人は結婚し、子供も生まれておりました! 再び家に招待していただき、あのミートボールをごちそうになりました!! 彼とは今でも、たまに連絡を取り合う仲です。



ちなみに、マックスの家に泊まった、件の日のこと。僕はテーブルになんとなく置いてあった新聞を開きまして。一面にはモノモノしい雰囲気で、WANTED的な表題と共に指名手配犯の顔写真がデカデカと。それを見た僕は、「最近なんか事件でも起きた?」と聞いたのです。

するとマックスは「あぁこいつ、恋人を殺したんだよ。何年か前にね」との返し。僕はちょっと驚き、「スウェーデンで殺人事件は、年間にどれくらいあるの?」と聞くと「多くても1〜2件かな。全くないこともある」とのこと。


人口は1000万人ほどで、日本の十分の一にも満たないとはいえ、その少なさです。数年前にテロ事件があったりもしました(あれには衝撃を受けた)が、普段のスウェーデンは、福祉と助け合いの精神が社会の隅々まで浸透し、すこぶる治安が良く、さらに美女だらけのヌーディストビーチまである(笑)、本当に素晴らしい国なのです!!!


以上! 大好きだぜ、スウェーデン!! 物価が高すぎて住むのはムリそうですが、今後もそれなりの頻度で遊びに行きます~!!!